こんにちは!
とーかいりん男爵こと東海林大介です!
今回は保育園で出されていた、給食とおやつを一部、妻が4年半も作り続けたことの結果・・・という話を書いてみます。
目次・読みたい個所へジャンプ
子どもの食へのこだわり
とーかいりん家は、息子が1歳半の時から、小学校に入る直前まで、保育園にお世話になりました。
小学生になってからは、かなり緩くなりましたけど、我が家は、「子どもが食べるもの」にはこだわりがありました。
・砂糖は極力与えません。
・牛乳も飲みません。もちろん親も飲みません。
・食品添加物、遺伝子組み換え食品はなるべく含まれていないものを選択してきました。
などなど。
保育園の給食&おやつ問題
保育園の入園が決まって面談をした時に「給食とおやつの状況」を聞きました。
そうすると、おやつは、市販の砂糖入りのおやつなどが散りばめられていますし、牛乳も毎日のように出ます。
その時に、「牛乳は飲ませたくない」「砂糖が入った食べ物や、市販の添加物だらけのおやつの代わりに、持参したものを食べさせたい」旨を伝えました。
そしたら後日、当時の園長と、給食の先生と、その補助の先生の3人と、とーかいりん夫婦で面談をすることになりました。
意図は伝わっていて、はじめから敵意むき出しの空気感です。
たしかにめんどくさいお願いですし、「子どもに牛乳を飲ませない」なんて、知らない人からしてみたら、意味がわからないと思う気持ちはわかります。
「え?なにそれ?」と思ったら「牛乳 脱灰(だっかい)」でググってみてくださいね。
「おやつで気になるものの時は、持参したいんです」と伝えると、
園長先生は、「いいですけど、おやつを出さない日は、発注の都合で給食も出せませんので、自分で用意してください。」と言われました。
それは、いくらなんでも意地悪なんじゃないの?
ベテランの先生が助け舟を出してくれた
ベテランの、最近まで主任だった先生が理解ある方で、その先生にも話しておいたところ、間に入ってくれました。
結果として、こうなりました。
1ヶ月分の献立を事前に見て、前月末までに給食とおやつの中で、気になるものにマーカーを引いて提出。
その分は、自宅から持参することになりました。
4年半頑張って作り続けてくれた妻
1歳半の入園から6歳の卒園までの4年半、妻は早起きして、来る日も来る日も息子のために作り続けてくれました。
はじめの頃は、月曜から金曜の5日のうち、何かを持参するのは1日か2日くらいの頻度でした。
でも途中、3日とか4日とかにもなったりした時もありました。
よく作ってくれていたのは、蒸しパンとか、ゼリーとか。
焼き菓子みたいのもありましたね。
途中、何度も「こんなお願いするんじゃなかった」と弱音を吐いたりしながらも、来る日も来る日も息子のために頑張ってくれました。
本当に大変だったと思います。
朝、息子を保育園まで送っていくのは、だいたいボクの役目。
アポイントがある時は、妻に行ってもらうこともありました。
でもほとんどの日は、ボクが息子を送って行く時に、おやつやデザートを給食室に持って行ってました。
受け取る先生も、ちょっと感じ悪め。
だと感じていました。4年半ずっと。
途中から入ってきた先生は、感じが良かったのがちょっとした救いでした。
おやつはバナナでいいんじゃない?
って思います。
大前提として、給食室の皆さんは、本当に頑張ってちゃんと作ろうという風に、尽力していてくれていたのはよーく感じていました。
給食室で調理していますし、おやつも手作り風の時も多かったですからね。
そういった意味では、他の保育園などに比べると恵まれていたのではないかと思います。
戻りますと、「毎日色々なものを」という考えも大事だと思いますが、子どものおやつは・・・
・空腹を満たして
・その後の動くためのエネルギーになる
・できたらタンパク質やビタミンや、食物繊維などが入ってるといいよね
こんな条件でいいと思うんです。シンプルに。
だから、市販の「調味料(アミノ酸)」まみれのお菓子とか、砂糖がたっぷり入ったおやつなんかではなく、甘いものならバナナとか、みかんとか、焼きいもとか。
そんなのでいいと思うんですよね。
そういうものだったら、無農薬とか、こだわりのものでなくても、変なお菓子よりよっぽどいいと思います。
あと、焼いて醤油だけ塗ったような、せんべいとかもいいんじゃないかと。
食べ物は加工すればするほど、一般的には不自然になっていくと思うんです。
シンプルでいいと思うんです。
生で、焼いて、炒めて、煮て、良質な調味料をちょこっとだけ使って食べる。これ、けっこう贅沢ですよ。
給食の先生にお礼を
保育園の最終日の朝、息子を送っていった時のことです。
なんだかずっと、険悪な感じのまま4年半が経ってしまったけど、このわがままを受け入れてくれたこと自体はとても有り難いことなので、給食室の先生にお礼を言いにいきました。
面倒なことをお願いしていたので、良く思われていないと思っていました。
だから、自分で決めたとはいえ、敵に降参するような気持ちで、給食室への足取りは重かったんです。
それなのに・・・
いつもの給食室のドアを開けると、予想もしなかった展開が待っていました。
4年半の間に提出した献立表を54ヶ月分、54枚保管しておいてくれたんです。
「お母さまの頑張りの記録です」
思わずその場で泣きました。
こらえきれず、というより、こんなにも大きな人のやさしさにふれて、一気に感動して、涙腺が崩壊しました。
文字どおり、嗚咽してしまいました。
なんというありがたいことでしょう。
途中から気が変わって保管してくれていたとしても感動なのに、険悪だと思っていた最初の月から、すべてです。
すべて保管してくれていたなんて。
ああ、大いなる誤解だったのか。4年半。
妻も号泣
夜、2人で一緒に息子を迎えに行きました。
それを受け取った妻もその場で、おいおい泣きました。
ただでさえ有り難いのに、4年半もの間、それをあたためていてくれたのだと思うと、心の奥底からじんわりとあたたかい気持ちになりました。
こんなにも深い人のやさしさにふれて、感動して、4年半分の時間が押し寄せてきて、考える度に涙が止まりません。
改めてブログに書いている今も、その時のことを思い出すと、涙が出てきます。
「人のために考える」ということの本物にふれた出来事でした。
今回は、給食室の先生にわがままを言って、4年半、給食とおやつの一部を持参してきたことに対して、先生がその記録をあたためてくれたことに感動した話について書いてみました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。